第十二章 エピローグ

−−1990年11月下旬−−


 その船には20人余りの釣り客が乗っていた。釣り竿のケース,撒き餌用のバッカン,所有者の名前が大書きされたクーラー・ボックスなどで船のデッキは満載だ。お揃いのフィッシング・ベストを着用し談笑しているているグループは同じ瀬に上がるのであろうか。安川は天井の低いキャビンに寝転がって,申し訳程度についている狭い窓から夜を透かして見た。船の右手には大島の島影が黒々と横たわり,徐々に後方へ移動していく。高速船の大きなエンジンの音は耳を聾するようにキャビンに満ちあふれている。あと1時間半はこの音に耐えなければならない。横に置いた生花の包みに用心しながらまた横になった。

 今村の死体が神島で発見されたという知らせを受けたとき,安川はやはりと思った。トミタテナガコガネ以外に今村が島に渡る理由はない。知っていたからこそ渡ったのである。
 結局,検察は富田の妻恵子の申し出を受け入れ,容疑者死亡につき不起訴という方針を採った。身寄りもない今村の罪を今更問うてもどうなるものでもない。恵子にとっては,法廷でのべられるであろう赤裸々な事実を耳にするよりも静かな環境が欲しかったのだ。憤っていた息子の靖も最後はしぶしぶながらも承知した。安川が神島に渡ることを決心したのはそのことを聞いてからである。
 以前,終戦の日の特集版を組む際に安川はある人物にあった。Kというその人物は,戦後しばらくしてパプア・ニューギニアのさるへんぴな町に建てられた現地政府と日本人遺族会との合弁ホテルの支配人をながらくしていた。そのホテルは,毎年身寄りの死亡地を訪れてくる遺族の利便に共するために建てられたものである。このような団体が訪れる都度,Kは遺族が知らされた玉砕の地という場所にもっとも近い場所まで,少人数ずつジープを駆って連れていった。熱帯ジャングルの中である。昨年まで通れた道が全く通られなくなっていることも多かった。それでも,遺族の心を思って出きる限り奥地まで案内するのである。これ以上の進行は無理だと悟ったとき,遺族たちは奥地に向かって声限りに肉親の名を呼び涙する。線香を焚き供物を供え,墓に納める遺骨のかわりに,せめて近くの石を拾って帰る。
 訪れる遺族は配偶者が多かったが息子や娘もいた。新顔も多かったが毎年の常連もいた。Kにとりわけ印象深かったのは,その常連客のうちの一人の初老の婦人である。親しく言葉を交わすうちに,彼女の夫は新婚一週間で徴兵され,あとで届いたのは死亡通知だけということを知った。現地に出発する朝,若やいだ服装を着け,精一杯に化粧をするその姿は哀れであった。
<逝きてより 齢重ねし我なれど 乙女に戻り今日は紅ひく>
<南海のパプアの森に啼くオウム 今日もあなたは聴いていますか>
 小さなノートにびっしり書き込まれた歌を読ませてもらったとき,Kは涙が溢れ出るのを止めることができなかったという。
 遺骨はあるものの,恵子も同じ様なものではなかろうか。古くから女人禁制の島である。夫が旅立った場所も自分の目で確認できないのは心残りではなかろうか。

 キャビンのスピーカーから到着が近いことが知らされる。今から順々に瀬を回ってて釣り客を降ろしていくのであろう。一番手のグループが前方に移動する。安川も様子を見にデッキへ出た。船足が速いので吹き付ける風が冷たい。まもなく船足が落ち,何基ものサーチライトが点灯される。いきなり暗闇の中から岩礁が現れる。手慣れた梶裁きにより上礁ポイントにうまく接岸する。舳先のタラップから素早く何人かが渡る。他の釣り客も手伝って釣り道具をリレーする。上がった釣り客もリレーで荷物を安全な場所に運ぶ。船の位置がずれてくると一旦離岸して体勢を整え,再度接岸する。星明かりの中,間近に神島が黒々とそびえたっている。頂上には灯台の明かりが,港には赤と緑の標識灯が点滅しているのが見える。思ったより大きな島である。

 瀬を何度も回り1時間ほどで釣り客全員を降ろした船は,最後に神島避難港へ接岸した。
 船長に明日の迎えの時間を確認し,カメラバッグと恵子から言づかった花束を持ち岩壁に降り立った。
 小さな社務所は岩壁の根本にあった。0時を回っているのでいささか気は引けるが扉をノックした。すぐさま中から返事があってドアが開き,40代前半と思われる神官が出迎えた。前もって連絡があっていたので待っていたという。安川は恐縮した。
 神官の勧めもあって,安川は事務所に仮泊させてもらうことにした。夜食はという問いにパンを持ってきていることを告げると,ちょっと待ちなさいといって神官は奥に引っ込んだ。しばらくして神官は中型の鍋を持ってきた。蓋を取ると湯気の中にキャベツと魚の姿が見える。
「食べ残しに入れ添えて来ました。食べませんか」
「うわあ,うまそうだなあ。いいんですか戴いて」
 航海の神様を奉ってあるので,信心深い漁師たちが捕れたばかりの魚やイカをよく持ってくるのだそうだ。
 九州でも11月の末ともなると夜間は気温が下がる。男料理なので鱗をとってブツギリした鯛だが新鮮だし量はたっぷりと入っている。昆布出汁も相まって,ポン酢に浸し口に頬張ると絶妙な味がする。
「うまい。これは実にうまい」
 安川がもどかしく箸を動かす様を眺めながら神官は笑いながら言った。
「離島でこんなものしかないのですが,落ち着いてゆっくり食べてください」
 先ほどより聞こえてくるエンジン音は近くの建物にある灯台用の自家発電装置で,稼働する夜間だけは社務所にも給電されるとのこと。
 人恋しいのか神官は話好きで,色々と島の故事来歴を披露してくれた。安川も来島の目的を切り出すと筑前大社よりの連絡でおおよそ知っているという。ただ,この港はいいが,鳥居をくぐって島内に入るには禊ぎが必要とか,島内を汚す行為は絶対に禁物などの注意も受けた。
 死亡現場に献花したいこと,現場の小石を一つ戴いて帰りたいことを安川は頼んでみた。
「生花は枯れて土に還りますから差し支えありません。けれどもこの島からは石や草木はたとえ一つでも持ち出しはタブーになっているのです。樹を持ち帰ろうとした漁船が神様の威に触れて途中で沈没してしまったという昔からの言い伝えがあります。また,国の特別保護区になっていますしね。しかし今回は特別の事情がおありだから,明日禊ぎをするときに海中から一つ石を拾っていらっしゃい。私が分霊のお祭りをしてあげましょう。正確には現場の石ではありませんが,ここに奉られている神様の分霊の宿る神島の石ということで納得してください」
 安川は申し出でに感謝を述べた。

 翌朝,安川は身一つで海中に入り禊ぎをした。思ったより海水は暖かだった。底から拾い上げた石は平たく黒っぽかった。
 社務所に戻り着替えを済ませた安川に,神官は昨夜の残りで作った雑炊を振る舞ってくれた。日頃朝食抜きの生活をしている安川だが,このときばかりは遠慮なくおかわりを所望したのであった。

 中宮から上の道は判りづらかった。灯台のメンテナンスのため疑木で一応道を整備してあるのだオオミズナギドリの巣が,そうやって作った階段はオオミズナギドリが好んで下に巣穴を掘り,結局は擬木は浮き上がって斜面を転がり落ちるので道が荒れている。途中何度か迷いながらもやっと頂上に着いた。白亜の灯台の下に立つと避難港や社務所が眼下に見下ろせた。切り立った崖を吹き上がる上昇気流を翼一杯に受けながら,幾羽ものトビが舞っている。しばらく富田に思いを馳せていた安川は崖から生花を投下した。

 港に戻った安川は時計を見た。ちょうど12時になろうとしている。迎えの船まで30分ある。そこでさほどは離れていない作業小屋へと足を向けてみた。富田たちが泊まった作業小屋は当夜何を見たのであろうか。小屋の中は薄暗く少し黴臭かった。ガラス窓もところどころ割れている。表に出た安川は尿意をもよおし便所を探した。小屋の裏手にそれを見つけた安川は中に入って用を足した。でてきてから辺りを見回したとき,便所と小屋の間に普請に使ったと思われるトタンの波板が何枚も積み重ねて放置してあるのに気づいた。風で飛ばないよう大きめの石が何個か載せてある。カメラバッグをその上に置きカメラをしまい込もうとしたときにトタンからの熱気を感じた。触ってみるとかなり熱い。ちょうど小屋と便所が風を遮るかたちになっており,トタンを積み上げた場所は更に日溜まりになっている。安川は思いだした。今時分でこ漁師小屋れだけの熱さになるのなら,夏の終わりは日光の直射を受けてもっと熱いに違いない。今村は盗んだトミタテナガコガネをこのトタンの間に隠していたのだ。隠した夜間は日中熱くなることなど思いもしなかったのだろう。陽が昇ると天火に入れたと同然の状態でトミタは急速に乾燥していったのだ。これで最後の謎が解けた。

 神官から小石を受け取った安川は神官に何度もお礼を述べ,再び船に乗り込んだ。
 昨夜遅くまで神官と起きていたためか横になると睡魔が襲ってくる。
 やっとすべてが片づく。
 港を出た船が瀬上がりしていた釣り客を収容し始める頃,安川はすでにぐっすりと寝込んでいた。

 翌1991年,水谷博士の号令のもとに神島へ調査隊が派遣され大きな成果をもたらした。そして,その成果をもとにした新種記載の論文が博士により発表され,トミタテナガコガネは正式な和名になった。もちろん安川のペン先も大いに活躍した。