食事の後一旦ルキアン博物館へ寄りましたが,
まだ大事な審査中です。そこでローマ法王庁の
遺跡を徒歩で見学に行きくことになりました。
専属のフランス人の女性通訳ヴェルネさんが
付いてくれます。
私のほうは体調の関係でひとりタクシーでホテル
に戻ることになりました。したがってこの項目は
家内の担当なのですが,あまりにも一時にたくさん
の説明を受けたため,記憶ディスクが容量不足を
きたして,トラブっているそうです。 |
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なんでも一時期,ローマの法王庁がこのアヴィニョンに避難していた時代があり,
それにちなむ古い建物がたくさんあったそうです。建物は大まかに二つの時代に分れ
ていたたそうですが,それがそれぞれどの建物か,どのような時代区分になっていた
かは家内に聞いても
「なんか,ローマ法王庁はニつの建物様式に分れてんだってぇ。そして,そのほかに
反対側に建物が二つあってねーぇ,それもゴチックとかロマネスクとかさーぁ,なんか
二つの様式になってて,そうそう,いちばん高いところからアヴィニョンの橋が見える
んだじょー」
とのたもうだけでイマイチ判然としていません。
したがって,はなはだ不本意ですが解説ナシで写真のみご覧下さい。
私はホテルのベッドで寝ておりました。ハイ。
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プロバンス地方では昔,その建物の窓の数で税金が決まっていたんだそうです。
当時の住民は知恵を働かせ,いくつか窓をつぶし,その代りに窓の絵を書いて
いたと聞きます。その名残が方々に未だに残っています。
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しばらくしたら一行がホテルに戻ってきました。今から背広,ネクタイを着用し
ルキアン博物館での表彰式に臨みます。
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