今日3月24日はいよいよパリを離れ南仏プロバンス地
方のアヴィニョンへ出発します。
出発時間が早いので,寝過ごさないよう早めに暗いうち
から起きだし,付近を散歩しました。まだ人影もほとんど
見られません。近くに警察署があり,さすがにここだけは
出勤の警察官が集まりつつありました。
間もなく明るくなり,ホテルで朝食を済ませるころムッシ
ュー・レオンが迎えに来てくれました。フランス語旅行会
話のアンチョコをプレゼントすると大喜び,これで日本人
旅行客がきてもOK?
朝のパリを抜け,郊外にあるオルリー空港へ向かいま
す。オルリー空港は大きな空港でした。短い間でしたが皆
に気を使い,わがままを聞いてくれ,笑顔を絶やさず非常
に親切だったレオン氏に分れを告げました。彼には何事
にもプロ意識を持って当たることの大切さを再認識させら
れました。
ここからアヴィニョンまで空路です。日本と違い常に手荷
物などには気をつけなければならないので,ここでも私は
荷物当番。時間待ちする間,奥様はまたまた空港内の店
を飛びまわるために姿を消しました。
飛行機は小型のジェット旅客機,1時間少々でアヴィニョ
ン空港に着くそうです。さすが,ローカル路線ともなると我
々以外に日本人塔乗客は見られません。まわりにはビジ
ネスマンなどが乗っています。
途中から天気が下り坂,雲の上ばかりを飛びましたが,
アヴィニョンに着く間近にファーブルが何度も足を運んだ
というヴェントゥー山の姿が見えました。この山にはアポロ
ウスバシロチョウがいます。 |
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アヴィニョン空港は,ほんとに小さな空港です。低いタラップで地面に降りると,小雨が
降っています。
昨日のうちに日帰りしたマダム・ラサ会長と,初対面のムッシュー・ラグナ副会長が二
台のレンタカーを借りて迎えに来ています。
またまた大荷物を積み込み,分乗して出発しました。
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アヴィニョン郊外
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小さな旅客機 |
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| これが空港唯一の建物 |
迎えの車 |
車は追いかけっこをしながらアヴィニョンへと突っ走ります。ラサ会長の元気なこと。
K女史と大声でやり取りしながら,高齢にもかかわらずハンドルさばきも鮮やかにぶっ
飛ばすのですから。乗っている私たちのほうが心配になります。1時間弱でアヴィニョ
ンへ入りました。ローヌ川にかかっている橋は『アヴィニョンの橋の上で』の歌で有名
なサン・ヴェネゼ橋です。旧い戦争時に破壊され,途中までが今でも残っています。
アヴィニョンは一時期ローマ法王庁が移設されていた町で,当時の町全体が城壁で
囲まれており,飛びっきり古い遺跡や建物がたくさん残っています。
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『アヴィニョンの橋の上で』のサン・ヴェネゼ橋
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| アヴィニョン大学も城壁の内側にある |
ホテル・イビスに到着。部屋へ荷物を運び,着替えてからすぐにルキアン博物館へ
向かいます。プロバンスでの1番目の行事,ファーブル・コンクールの表彰式に客員
で参加するのです。
城壁内へ入り,細い小路をくねくね進みます。ハナズオウやヤマフジの花が庭先に
咲いています。建物すべてが大事に保存されています。日本みたいにすぐに壊して
建て替える馬鹿なことはしないようです。博物館へ着くとまさに審査中。表彰式は午
後に始まるので,ラサ会長のおもてなしで昼食を食べに行きました。
レストランは中心部アヴィニョンの町の役場の前にありました。天気が良かったら
戸外のテーブルでアヴィニョンの雰囲気を味わってもらおうという計画でしたが,あ
いにく小雨ですので店内に入りました。海に近いせいか,地中海料理が味わえると
のことで,さっそく魚料理を注文しました。ハタの仲間のムニエル風でした。身がし
まっててとてもおいしかったですよ。奥方はステーキを注文していましたが多少固か
ったそうです。二人ともここでも出てきた山盛りのフライド・ポテトは大半残してしまい
ました。
旅行当初は遠慮がちだった単身参加の子供たちも,このころになると人なれしてき
て,私たちの料理ともやり取りして食べるし元気になってきたので一安心しました。
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